皮膚病で動物病院にかかるとき ―家族が知っておくと良いこと―
第7回日本臨床獣医学フォーラム講演プロシーディングから抜粋
東京赤坂 ホテルニューオータニにて 講師斉藤邦史
要約
動物の皮膚病は,小動物臨床の現場において,その発生は大 変多く,来院診療頻度の第一位を占める.家族の一員として動物の皮膚病を理解するための皮膚の役割,構造,また脱毛やかゆみなどの症状について説明する.また皮膚病で動物病院にかかるとき知っておいたほうがよいこと,お話しいただきたいことをわかりやすく解説する.
キーワード 皮膚病 脱毛 かゆみ
はじめに
皮膚は単にからだを包む袋ではない.厚さ2/100mmの角質層を最前面にさまざまな外的環境や物理的,化学的,細菌などの刺激から,動物のからだを守るバリアの役目を果たす大切な防御器官である.しかも最大の臓器のひとつである.大型犬では,約1m2の面積をもち,内部の生命活動が環境などの変化に影響を受けないように,一定状態を保つように働いている.それと同時に,冷感や温感,また痛みなどを感知する感覚器官としての役割を担っている.“皮膚病”の発生率は我々小動物臨床の現場において大変高く,犬ではトップを占めている.皮膚病の中でも重要な症状の一つ“かゆみ”は動物にとってもご家族にとっても大変フラストレーションがたまりやすい代表的なものである.
動物の皮膚病をいかに理解し対応していけばいいのか,動物の家族として知っておいたほうがよい,皮膚構造,脱毛やかゆみなどの考え方,捉え方を解説する.また動物が皮膚病になったとき,迅速にかつ的確に治療に結びつけるための動物病院への上手なかかり方を紹介する.
こんなに多い皮膚病
小動物疾病発生状況調査結果(1)(2)によると,犬では皮膚病が年平均約20%と受診率のトップを占め,ついで眼,耳などの感覚器,消化器疾患と続く.猫でも,消化器疾患,泌尿器疾患についで多く,約10%と高率に発生している.皮膚病の受診時期は犬において第1四半期で25%,第2四半期で34%,第3四半期で22%,第4四半期で19%であり,春から夏をピークに発生していることがうかがえる.
皮膚の役割を知っておこう
1.皮膚構造(3)
かつて皮膚は単にからだを包む袋と考えられていたが,皮膚の機能を詳しく調べていくと,きわめて多様であり,それに見合うような複雑な構造をしている.皮膚は,外界に面している側から表皮,真皮,皮下組織の3部で構成されている.
1)表皮
表皮は,内層から外層に向かって基底層,有棘層,顆粒層,角質層に並び,分けられている.
角質層は表皮の主要な細胞(ケラチノサイト)で成り立ち,約85%を占める.その他メラニン細胞,ランゲルハンス細胞,メルケル細胞で構成されている.
角質層は完全に角化した組織のさらに外層で,絶えず脱落している.基底層から上方に押し出されたケラチノサイトは約3週間かけて,最終的に角層細胞に変わる.さらに新しい細胞が押し上げながら最終的に脱落する(いわゆる垢).このように新たに表皮細胞が作られ,それが皮膚表面から脱落するまでの過程を,ターンオーバー(細胞の入れ替わり)と呼ぶ.動物では約20日であるが,人では40-50日と長い.それゆえ動物の皮膚は常にデリケートであるといえる.脂漏症のアメリカン・コッカー・スパニエルなどは表皮のターンオーバーが正常時より極端に短く7日という報告がある.
2)真皮
表皮の下にある真皮はコラーゲンという線維(膠原線維)のかたまりでできている.また表皮の付属器,立毛筋,血管とリンパ管,神経なども含む.
3)皮下組織
皮下組織は皮膚構造の一番深層で,もっとも厚い層である.線維性脂肪構造で,結合組織,脂肪組織から成り立っている.
2.機能
皮膚は最大の臓器であり,からだの維持にとってきわめて重要な機能を果たしている.皮膚の生理学および生体防御における役割としては下記のようなことがある.
防御壁:水分の損失を防ぎ,化学的,物理的,生物学的要因から防御する役割
感覚:熱,寒冷,痛み,かゆみ,圧迫といった感覚をつかむ役割
温度調節:体外と体内との温度バランス調節,血流のコントロールを行う役割
貯蔵:電解質,水分,ビタミン,脂肪などの物質の貯蔵庫の役割
指標:全身的な健康状態,内部疾患に対する重要な指標としての役割
免疫調節:様々な感染などに対する免疫監視能力を与える役割
抗微生物作用:皮膚表面は抗細菌,抗真菌性の性質を持つ
ビタミン産生:太陽光線によってビタミンDを産生し,表皮の増殖と分化の調節作用
皮膚構造図
病気じゃなくても毛は抜ける
1)犬種による違い
犬の被毛は犬種によって短毛,長毛,またシングルコート,ダブルコートなど本来の生活にあった特徴を持ち合わせている.こうした特徴は,気温,湿度,紫外線量などや,食事や運動量などの生活に応じて快適に過ごせるようにできている.しかしながら家庭犬をとりまく環境は,犬種本来のそれと程遠く,毛や皮膚の働きに関係する気温,照射量,食事,ストレス,住環境,運動量などの負荷が数多く存在する.この負荷が正常な状態に不安定さを生じさせ皮膚病でなくても,通常より毛の抜ける量に変化を与えることもある.
2)毛周期
毛は一本一本が独立した周期を持ち,伸びる時期と抜ける時期がプログラムされている.これを毛周期と呼ぶ.これらの一本一本の毛の周期プログラムのずれによって,全体的な毛量のバランスがとれるようになっている.たとえば人では,髪の毛と眉毛では毛周期が違うので,同じ体なのに長さに変化がでるのである.犬ではビーグル,ラブラドール・レトリーバーなどの短毛種は毛周期が短く,マルチーズ,ヨークシャー・テリア,シー・ズーなどの長毛種では毛周期が長い.また顔や背部など体の部位によっても同じことがいえる.
脱毛が起こるとき
上述したように,被毛は健康な状態でも,毛周期により抜ける生えるを繰り返している.また犬種にもよるが,季節の変わり目では大量に毛が抜けるのが通常である.獣医師は,脱毛を診察する際,その犬種,年齢,生活環境,体質などを考慮したうえで,正常か異常かを判断する.通常,皮膚が見えるほど毛が抜けた場合は異常と判断できる.家族が動物の脱毛に気がつくのは,全体の30%が抜けてしまってからといわれている.このように病的脱毛が考えられるときは大きく2つの原因が考えられる.ひとつは毛周期の異常で,本来の毛周期と違うサイクルで一度にたくさん抜けてしまい,左右対称などの規則性を認める場合である.もうひとつは,毛包と呼ばれる毛の根元の異常である.皮膚や毛にダメージを受け,部分的または不規則な脱毛がおこる.
かゆみとは何だろう
「かゆみ」とは,大脳皮質に掻きたいという気持ちを起こさせる皮膚や粘膜境界部などに限局した皮膚独特の感覚を指す.よって体の深部(内臓など)がかゆいという感覚はない.かゆみを感じるセンサー(受容器)は表皮と真皮の境界にあるとされている.かゆみを起こすしくみには,末梢性と中枢性の2つがある.
末梢性の場合は,刺激が皮膚や一部の粘膜に存在する「かゆみ受容体」に作用し,生じた信号が脊髄に
伝達され,神経を通って脳に達し,そこで「かゆみ」を感じる.
中枢性の場合は,オピオイドぺプチドという物質が作用して精神的要因(緊張,ストレスなど)から「かゆみ」が生ずると考えられている.掻くと皮膚が傷つき悪化することが多いが,悪いことばかりではなく,皮膚の表面に付着した寄生虫,有害物質,病原体などを取り除く有効な手段となることもある.
犬のかゆみはいわゆる「掻く,かむ,なめる」という動作で表現されるためわかりやすいが,猫のかゆみは,主に「なめる」という表現のためわかりにくい.普段でもグルーミングのため「なめる」という行動をもっているためである.
かゆがる原因は3つに分けられる.一つは本当はかゆくないのにかゆいような動作をする場合,2つ目は,生理的なかゆみ,3つ目に病的なかゆみである.
1)かゆくないかゆみ
生理的なかゆみや,病的なかゆみがないのに掻く動作をする場合がある.たとえば寝る前に一種のくせとして行う場合である.また,掻く動作をしていたらみんなが注目してくれたという経験から学習し,注目してほしいときにこうした行動をとる場合もある.他には,犬のボディランゲージであるカーミングシグナルとしても表現されることがある.これはストレスの回避行動の一つで,耳を後ろ足で掻く動作をすることがある.これらの鑑別の方法としては,特定の状況でのみかゆそうな行動をとる場合.また,人が注目しているときだけかゆそうな行動をとっているときや夜はまったく問題なく,ぐっすり眠っているなどの場合,これにあてはまることがある.
2)生理的なかゆみ
暑さ,寒さ,何かにこすれるなどの物理的な刺激によっても,かゆみは生じる.家庭犬が暮らす環境には,本来の環境と異なるために様々な刺激によってかゆみを感じやすい状況にあるのである.生理的なかゆみが頻繁に起こるようであれば,スキンケアを見直してみたい.すべての動物に同じケアが合うわけではないので,体質や皮膚,被毛の状態に合わせて調節が必要である.シャンプー剤の選択やブラシはどういったものを使用するのか,どういった頻度で行うのかなど,いくつか試しながらその動物に合ったスキンケアを心がけたい.また季節においての微調整も必要となってくる.さらに犬では,犬種によって,もともと体質的に特徴を持ち合わせ,かゆみを起こしやすいことがある.たとえばシー・ズーや アメリカン・コッカー・スパニエルなどはあぶら症体質の場合が多く,しっかり脂を取り除けるシャンプー剤を使用したほうがいいこともある.またダックスフンドやジャーマン・シェパード・ドッグなどは,フケ症体質が多いのでシャンプー剤は,保湿効果の高いものを選んだほうがいい場合もある.
3)病的なかゆみ
かゆみの感じ方や程度は個体差があるが,かゆみによって,皮膚を掻きこわしたり,かんだりしている場合や,いつ見てもかゆがっている,また眠れなかったり,皮膚に異常を認めている場合には,治療が必要となってくる.感染症やアレルギーなどが原因となる
皮膚病になったとき
皮膚病を適切に治療管理するためには「診断」が必須である.皮膚は肉眼的に観察できる臓器であるために,他の疾患に比べ診断のための情報量が多い.しかしながら動物は言葉が話せないので,ご家族から状態,経過など詳しく聴取することが,我々皮膚病を診察する獣医師にとって第一歩となる.
○病院でお話いただきたいこと,獣医師が聞きたいこと
獣医師サイドとして皮膚病治療を行う際,身体検査の前に必ず行わなければいけないことが病歴の聴取である.家族が,いかに多くの情報を提供してくれるか,いかに情報を引き出すかが大変重要である.病院では診察前,家族にあらかじめ皮膚科問診表に記入していただく.これにより家族側も動物の異常を整理し,理解することができる.診察前にお話しいただきたいこと,獣医師が聞きたいことは主に,現病歴(今回の皮膚科診察における病歴),既往歴(今までの状態や過去の病歴),家族歴(親,兄弟の病歴など),環境,食事などである.
現病歴としては,いつから,どのような発疹が,どこに発症したのか,かゆいのかかゆくないのか,また誘引物質の存在や,すでに実施した治療に対する反応,さらに全身状態を含めた皮膚病以外の気になる点,異常な点などもお話しいただきたい.既往歴としては,発症の季節性や発情との関連,また過去の皮膚科以外の病歴,さらに環境と食事内容については現在のみならず,過去との比較もふまえて確認したい.その他性別に関しては,単に雄雌のみならず,避妊,去勢手術の有無,偽妊娠の有無,性行動の問題,さらには排尿姿勢に変化がないかどうかも皮膚病を診断する際に重要な情報となる.

皮膚病治療成功への近道
皮膚病は,獣医師だけでなく家族の皆さんも,かゆい,毛が抜ける,よくなってきた,悪くなってきたというのが明瞭に判断できる特徴をもつ疾患である.ゆえにご家族の判断のみで獣医師が望む治療に勝手に変化を付けたりすることもまれではない.獣医師側もこういったことのないようインフォームドコンセントを大切にしているが,実際に投薬やスキンケアなどの治療するのは家族であり,それを受け入れ治療されるのは動物たちである.獣医師は,皮膚病を克服するための方向性を決める道案内役であると思っている.3者がいかにうまくスクラムを組めるかが治療への近道である.皮膚病は,鑑別診断リストから,その一つ一つに診断的治療を行う代表的な疾患である.よって最終的な治癒にいたるまで非常に時間を有するものもある.根気強く治療していかなければならない過程において,わからないこと,疑問に思ったことは遠慮なく獣医師に質問していただきたい.家族がいかに動物の患っている皮膚病を理解するかが大切である.
<参考> 犬種別にみた発生しやすい皮膚病
皮膚病では種に特異的な疾患あるいは好発する疾患がある.また解剖学的特徴に関係する疾患もある.すなわち皮膚病の発症には,皮膚や被毛の構造や機能,あるいは遺伝が密接に関係していると思われる.下記に犬種別にみた発生しやすい皮膚病を列挙した.
○シー・ズー
脂漏性皮膚炎 原発性脂漏症 アトピー性皮膚炎 ニキビダニ症
○柴
アトピー性皮膚炎 膿皮症 性ホルモン失調
○シェットランド・シープドッグ
膿皮症 アトピー性皮膚炎 脂漏性皮膚炎 性ホルモン失調 家族性皮膚筋炎 エリトマトーデス
無菌性結節性脂肪織炎
○マルチーズ
膿皮症 アトピー性皮膚炎
○ヨークシャー・テリア
膿皮症 皮膚糸状菌感染症 アトピー性皮膚炎 カラーミュータント脱毛症 牽引性脱毛症
○ダックスフンド
膿皮症 脂漏性皮膚炎 原発性脂漏症 毛包発育異常症 クッシング症候群 パターン脱毛 耳介脱毛症 若年性蜂窩織炎
○ウェルシュ・コーギー
膿皮症 アトピー性皮膚炎
○ジャーマン・シェパード・ドッグ
膿皮症 原発性脂漏症 アトピー性皮膚炎 深在性膿皮症 肢端舐性皮膚炎 エリトマトーデス
○ミニチュア・シュナウザー
膿皮症 アトピー性皮膚炎 面皰症候群 原発性脂漏症 ビタミンA反応性皮膚症
○ブルドッグ
膿皮症 アトピー性皮膚炎 間擦疹 脂漏性皮膚炎
○ウエスト・ハイランド・ホワイト・テリア
脂漏性皮膚炎 アトピー性皮膚炎 膿皮症 先天性魚燐癬
○秋田
膿皮症 脂腺炎 アトピー性皮膚炎 ブドウ膜皮膚症候群
○ポメラニアン
膿皮症 AlopeciaX
○シベリアン・ハスキー
膿皮症 ニキビダニ症 亜鉛反応性皮膚症 ブドウ膜皮膚症候群
○ビーグル
膿皮症 アトピー性皮膚炎 若年性脂漏症
○アメリカン・コッカー・スパニエル
原発性脂漏症 脂漏性皮膚炎 膿皮症 ビタミンA反応性皮膚症
○ゴールデン・レトリーバー
膿皮症 アトピー性皮膚炎 ニキビダニ症 肢端舐性皮膚炎 原発性脂漏症
○ラブラドール・レトリーバー
膿皮症 アトピー性皮膚炎 ニキビダニ症 肢端舐性皮膚炎 原発性脂漏症 魚燐癬
○キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル
原発性脂漏症 脂漏性皮膚炎 膿皮症
○プードル
膿皮症 アトピー性皮膚炎 皮膚糸状菌感染症 脂漏性皮膚炎 クッシング症候群 脂腺炎
○チワワ
食物アレルギー 耳介脱毛症 膿皮症
○パグ
膿皮症 間擦疹 ニキビダニ症 アトピー性皮膚炎
○紀州
アトピー性皮膚炎 膿皮症
参考文献
1)平成14年度小動物保健衛生情報(U).日本獣医師会雑誌.58:161-162,2005.
2)平成14年度小動物保健衛生情報(V).日本獣医師会雑誌.58:236-237,2005.
3)Muller GH, Kirk RW, Scott DW. 皮膚の構造と機能:最新小動物の皮膚病.松原哲舟監訳.LLLセミナー.1994,pp1-44.